ホノルルマラソン 【設計部 部長】2010年12月21日 15:03

私達のホノルルマラソンチャレンジは、社長のほんの思いつきから始まりました。
それは、約2ヶ月前之出来事です。
2ヶ月間、毎週水曜日は、合同練習の日で、チャレンジメンバーは、
各自それなりに、一生懸命練習して、200キロから350キロ走りこんではいたのですが、
故障者続出の本当に無謀なチャレンジなのでした。

ホノルルマラソンウィークのワイキキは本当にランナーだらけです。
ランニングウエアを着た人達が、大勢ジョギングをしていました。
私達の宿泊先は、ワイキキビーチから約5キロの
ダイヤモンドヘッドの麓のブラックポイント岬という所で、
とても景色のよい部屋です。

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マラソン当日は、1時に起床しました。3時頃車でワイキキまで向かい、
真っ暗のワイキキ目抜き通りを歩いてスタート会場のアラモアナへと向かいました。
ぞろぞろとたくさんの人が歩いていました。

いよいよ、緊張が高まりドキドキしました。

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5時、花火があがり一斉にスタートです。
スタートのゲートにはQちゃんがいて、
「行ってらっしゃい、がんばって!」と皆に声援を送っていました。
真っ暗なダウンタウンを迂回してダイヤモンドヘッドまで、
クリスマスのイルミネーションがとても綺麗でした。
ワイキキビーチでは、沿道からたくさんの人が
「がんばれ!」「グッドジョブ!」と声援を送ってくれました。
スタートから約1時間、ダイヤモンドヘッドの上り坂にさしかかると道幅が狭くなり
大渋滞しています。とても走れるような状態ではありません。(って既に歩いてたんですけれどね)

まだ真っ暗な中、私はまだ10キロ少々しか進んでいないところで、
先頭ランナーが反対車線をを帰って来てすれ違いました。ものすごく早い!


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6:45頃ダイヤモンドヘッドの坂のてっぺんに差し掛かった辺りで、
太陽が昇りました。とても綺麗でした。
カハラの住宅街を抜けてハイウェイに入ります。その手前の家では、
朝っぱらからバンド演奏でランナーをねぎらってくれている家がありました。

ハイウェイは恐ろしく長い一本道で、折り返し地点のハワイカイまで、
行けども行けどもひたすらハイウェイです。
反対車線をエリートランナー達が颯爽と駆け抜けていきます。
有名人が居ないかと探してみましたが、結局誰も見つけられませんでした。
すでに太腿もふくらはぎもパンパンです。
筋肉痛を和らげるためには、エイドステイションで水をかけて冷やすと良いと聞いていたので、
そのようにしたのだけれど、確かに腿は楽になりましたが、靴の中に水が入ってしまい、
これが後で大変なことになってしまったのです。

ドコモのホノルルマラソンサイトに社長と藤江さんのゼッケン番号を登録していたので、
二人がチェックポイントを通過するとメールがきます。
藤江さんがハーフ通過した知らせが入りました。2時間チョイの好タイムです。

私はまだハイウェイに入ったばかり、頑張って走りました。
腿、ふくらはぎ、心配していた膝が痛むのは予測していたのですが、
違う場所が痛くなってきてしまったのです。足の裏が痛い!
そうなんです。水を掛けてしまった足がふやけてしまい、靴下の凸凹模様にふやけてしまい、
着地のたびに、それがとても痛いのです。

同じころ社長も同じように足の裏が痛いと電話がありました。
「もう走るのやめちゃおうかな」なんて相当くじけている様子でした。
社長は私より重症で、豆を8個も作ってしまっていたのです。
だけど、仕方がないです、痛みを我慢して走るしかありません。
社長がハーフを通過した知らせがきて、少しホッとしました。

私もハーフを通過して、いよいよハワイカイの町まで到着しました。
とても綺麗な街なのですが、ゆっくり景色を眺める気持ちの余裕なんてありません。
もうすぐ折り返し地点で、いよいよ反対向きに、
ゴールに向かって走りだせるのだと思っていたのですが、
この折り返しは緩やかなカーブが3キロぐらい続いていて、
なかなか反対に向かって走り出せません。
これには、何処まで行けばいいんだ!と、とてもめげました。
走り通せるのかなぁ?と不安な気持ちになってきました。
とぼとぼと歩いてしまいました。

やっと反対向きに走れる地点まで到着し、少し歩いて休んだせいもあって、
ちょっとやる気を取り戻しました。
再び、帰りの長いハイウェイに入り走り出しましたが、
腿が痛い、膝が痛い、足の裏が痛い!痛い!痛い!
もう嫌だ!

レース前日、3人でマラソンセミナーに参加しました。
フルマラソンを走りぬくためのコツや心がけ、
ストレッチの仕方などなどのセミナーだったのですが、
その中で聞いた、
「つらいのに何で走るの?だって自分できめたことだから」
という言葉を思い出し、
そうだよな、自分で決めたんだよなぁと、靴下を脱いで
歩いたり走ったり、ただ前に進みました。

ハイウェイを降りて、カハラノ高級住宅街の中を走り、残り10キロぐらいの地点で
社長が、40キロのチェックポイントを通過したという知らせがきました。
いよいよゴール目前なんだなぁと、私も頑張らなくっちゃ!と思いました。
最後の10キロは、歩かず走りぬこう!足なんかどうなったっていい!膝なんかどうなったっていい!
完全にランナーズハイになっていました。

あれ?そういえば、藤江さんの通過メールが来ていない?
ドコモのメールが何かおかしかったのかな?
藤江さんはとっくにゴールしているよね?
それとも、何かあったのかな?
そう思っていると、数分遅れで、藤江さんの通過メールが来ました。
藤江さんは30キロ過ぎた辺りで、膝をひねって怪我をしてしまっていたのです。
びっこを引きながら、10キロぐらい歩いたそうです。

間もなく二人がゴールした知らせが届きました。私も頑張らなければ。
カハラを抜けて、いよいよダイヤモンドヘッドの上り坂です。
厳しかったけれど頑張って走りました。
坂の頂上あたりで、沿道で応援してくれている人が
「今ここからずっと休まず走りきれば6時間30分切れるよ!」と声をかけてくれました。
すごく、励みになりました。

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いよいよ、ゴールが見えてきました。
涙が込み上げてきました。だけど、ここで泣いてしまったら、
グチャグチャの顔をしてゴールすることになってしまうので、ぐっと涙をこらえました。
だって笑顔でゴールしたかったから。

ゴールが見えてから、フィニッシュラインまでが、また長いのです。
最後まで走りぬきました。
後で社長から、フィニッシュの手前に有森裕子さんが居たと教えてもらいましたが、
そんなのまったく目に入りませんでした。

ゴールした時「やった、走り切った!」と思っただけで、頭の中は真っ白になっていました。

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体はもうボロボロです、ゾンビみたいになりながらフィニーシャーズTシャツを受け取り、
社長と藤江さんと合流しました。二人ともゾンビになっていました。
ワイキキに居る人達の多くがゾンビになっていました。
そして、社長の足の裏は豆で膨れ上がり、大変なことになっていました。
三人ともボロボロになりながら良く頑張った!偉いぞ!と
だんだん感動してきました。

42.195キロの道のりは、本当に遠かったです。そして辛かったです。
だけど楽しかったです。

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